芸術祭2009をふり返る
12/27をもって閉幕を迎えた水と土の芸術祭について、寄せられたコメントを紹介させていただきます。
「水と土の芸術祭」の楽しみ 「水と土の芸術祭」が始まって4ヶ月以上が過ぎた。最近、夏に見た屋外の作品に再び接する機会があったが、日ざしや周囲の風景の変化もあり、ずいぶん違った印象を受けた。 地方での芸術祭は全国各地でおこなわれるようになっていまさら珍しくはない。だが、正直私の住む新潟市でおこなわれるとは思わなかった。巨費を使って開かれているこの芸術祭には反対の意見もあるようだが、私自身はおもしろく見せてもらった。おそらく短かい準備期間でつくりあげたアーティスト、裏方のスタッフの努力はたいへんだっただろう。 この芸術祭では世界13ヶ国61人のアーティストが参加し約70点の作品が出品されているが、さすが国が違えば、考え方や感性も違う。百花繚乱、なんでもありというべきか、いろいろな表現があってとても興味深かった。作品を見て自分の好きなアーティストをあげれば、ラム・カツイール、南川祐輝、王文志、小原典子、磯辺行久らきりがない。エリア別にみると山や森などの起伏ある地形のせいもあるのだろうか 私の感じたところでは西蒲区に目立つ作品が集まっているようだ。 今回の芸術祭の目的の一つに新潟の再発見があるが、こんな所にこんな建物があったのかと改めて驚かされた。たとえば江南区の旧木津小学校の体育館(酒百宏一の作品を展示)や西蒲区五ヶ浜の篠原幸三郎家住宅(アン・グラハムの作品を展示)は今回のような用がない限り訪問することはなく、このような所があることも知らなかったであろう。 いずれの作品も素晴らしく、今まで知らなかった所を知ったのですごく得した気分になったが、こんな感想をもったのは自分一人だけであろうか。 作品全部を見てまわるのには根気と時間がかかることから見学ツアーのバスが大はやりだったようだ。だが私は手間をかけてでも地図とガイドブックを片手にまわることを、見る人にお勧めする。 新潟市外から人をよび、市民に認知、定着させるにはもう2、3回開催する必要があるだろう。今回1回のみに終わらず、今後も継続して開催されることを強く私は望んでいる。 山浦 健夫(美術史家) |
芸術祭に寄せて(2009年12月26日新潟日報掲載) 夏と秋の「大地の芸術祭」(越後妻有地域)、そして夏から冬にかけて開催の「水と土の芸術祭」(新潟市)を見た。 東京の「ファーレ立川」を起点とする美術作品を戸外に<散在>させる北川フラムの実験は、妻有での三度の経験を経て、変化し、成長してきた。ニュータイプの公共事業、あるいは「地域・まちづくり」手法として、時代に求め始められたようにも見える。 例えば「ダム」による治水を、直線的合理主義の公共事業の典型とすれば、北川「芸術祭」はそれをゲリラ的非合理主義に変換する。個々の作品というハードはそれ自体は役立たずで、イニシアチブは「公共=共同合意」からもっとも遠い「一個人」に委ねられる。散在した展示は見ることに困難を強いる。けれどその非合理や不便にひそむ可能性、豊かさを実験は掘り起こしてきた。身近な場所で体験できた二つの催しで、感じたいくつかを書いてみる。 第一は「場所を照らす個人の光」。「水と土」は新潟の治水排水の歴史に着目し、観光的には注目されなかった排水機場やその跡を作品設置場所に選んだ。歴史的象徴性を持つが、わびしい場所を、その場所から発想するアーティストの感性という<個>の光で照らし出すことで、強く心に刺さる風景を生み出した(マーリア・ヴィルッカラの作品)。公共広場にコンサルタント会社経由で設置される作者不明モニュメントの対極がそこにあった。人の集う祭りの場として設計されながら、仮死状態で放置されてきた「空中庭園」を個人企画で活用した瀬戸川満里子の試みも印象的。 第二は「途中の創出」。作品を遠隔地に散在させることで、そこへ向かう豊かな途中体験が生まれた。「大地」では作品へ向かう道のりが長く、駐車場からもかなりの距離を歩く。だからこそ、その途次の風景が心に深く刻まれる。30分かけてたどり着いたブナ林で、木々の間に吊るされたブランコ(福屋粧子「森のひとかけら」)から見た木漏れ日の美しさ。山道からの雄大な風景。「水と土」では土屋公雄APT田原唯之+木村恒介の「海抜ゼロ」を数度見にいったが、その都度、湖面と角田山は違う印象的な表情を見せた。水鳥の声の豊かさをそこで知った。大野の商店街や五箇浜集落の不思議な魅力も同じく「途中」で発見したものたち。 第三はアーティストという「違う価値観」に生きる人と、普通の人々との交流。「大地」のアンティエ・グメルス「内なる旅」のインスタレーションを、私も手伝いに行ったが、そこでアーティストの<純粋>に村の人々の心が大きく揺すられている光景に出会った。直線的合理主義が経済・利便という価値観に立脚するとすれば、アーティストはそれとは極めて異なる価値観に生きている。そのような人間と直接会い、関ることで、戦後60数年という時代の「普通」の価値観とは別次元の世界を彼らは垣間みたのだと思う。会沢集落に起きたことは、程度や形は異なれ、二つの芸術祭の各所で起きた事件だったのではなかろうか。 作品としてはほか「大地」の向井山朋子「wasted」の静けさと痛み、「水と土」の遠藤利克「Trieb―氾濫」の自然に置換された激情を個人的に挙げたい。特に後者は「大地」の旧作の「最後の教室」「夢の家」に匹敵する傑作だ。こうした普遍的力を持つ作品の存在が、少なくはなかった失望も補ってくれた。イベントの多くは参加できなかったが「水と土」各所での堀川久子のパフォーマンスは特筆したい。場所と作品の声を吸収し、その身体から投げ返すこの舞踏家の力は並外れている。このようなアーティストが新潟に在住する奇跡と幸福を実感する。 四度目の開催となる「大地」はメディアにも多く取り上げられ、夏の最後は県外からの人々で賑わった。「水と土」も想定の来訪者を越えたというが、こちらの継続は未定と聞く。けれど前者の経験からスタートした「水と土」は、土地の歴史を強く意識したプロデュースによって前者にない特質が生まれていた。新潟の歴史は、むろん水と土の闘いだけではない。土地の歴史と深く関わる個性的な芸術祭として、今後も深い可能性を孕む「第1回」だったと受けとめたい。交流人口数や経済効果ばかりでなく、前記の諸点も含む多面的評価とやわらかい議論で、今後の継続を前向きに考えてほしい。 大倉 宏(美術評論家) |
1 芸術祭に参加した地域・団体皆さんの声 ◇I・Kさん(北区) 「地元の文化に関心持って」 ◇S・Tさん(北区) 「経済効果を産まなければ」 ◇S・Nさん(北区) 「十二潟が知られてよかった」 ◇S・Mさん(北区) 「助成金はプレッシャーでもある」 ◇S・Kさん(北区) 「市内の神楽を集めた」 ◇U・Kさん(北区) 「松浜本町商店街でおもてなし」 ◇H・Tさん(東区) ◇S・Tさん(東区) ◇H・Tさん(東区) ◇H・Nさん(東区) ◇W・Mさん(中央区) ◇K・Sさん K・Kさん(台湾同郷会) ◇山潟地区コミュニティ協議会の皆さん M・Kさん(清五郎自治会) M・Kさん B・Kさん H・Sさん T・Nさん ◇H・Kさん(秋葉区) ◇H・Jさん(秋葉区) ◇S・Yさん(秋葉区) ◇M・Yさん(秋葉区) ◇N・Tさん(秋葉区) ◇Hさん(秋葉区) ◇空土(からっと)泥花プロジェクト Kさん(南区) ◇Yさん(南区) ◇新通保育園の先生(西区) ◇K・Iさん(西区) ◇H・Yさん(西区) ◇H・Tさん(西区) ◇F・Hさん(西区) ◇五ケ浜自治会の皆さん(西蒲区) ◇岩室地域コミュニティ協議会の皆さん(Hさん他8名) ◇福井自治会・福井旧庄屋佐藤家保存会の皆さん(Mさん・Hさん・Sさん) ◇角田地区コミュニティ協議会の皆さん ◇O・Yさん(西蒲区) ◇Y・Kさん(西蒲区) ◇S・Aさん(西蒲区) ◇A・Sさん(西蒲区) |
2 芸術祭を鑑賞された方の声 ◇東京から見に来られたA・Nさん(東京都武蔵野市) ◇家族でほとんど見たA・Tさん(中央区) ◇Kさん(南区) ◇Nさん(南区) ◇写真コンクールに応募したNさん |
3 芸術祭サポーターの声 ◇A・Nさん(芸術祭市民サポーターズ) ◇Y・Tさん(中央区) |
5 芸術祭に関わった施設・企業・団体の方の声 ◇Yさん(旧笹川家住宅管理人)Iさん(南区) ◇レンタサイクルのTさん ◇ 「人から屋印ツアー」を企画したAさん ◇新潟交通 ◇東日本旅客鉄道 ◇ビデオを取りつづけたKさん |