10月15日 空中カフェ:小川俊充、グロッシェル・アーノルド
眠りから目覚めるごとにリセットされる自分がいる。まるでスイッチを入れたコンピューターのように起動する。もともとコンピューターが人間を真似ているわけだが。眠りの間の空白が、あたかも連続していたかのように何の違和感もなく一瞬のうちに埋められて不連続の連続をつづける。心配ごとまで甦る。記憶が自分を解放させない。記憶が自分たらしめているというべきか。現実とくっついた束縛された関わり方が自分自身をつくっているのだろうか。自分という多面体の側面が同時進行のいろんな現実にくっついていて窮屈にさせている。執着することは均衡を欠かせ、硬化させ、自分を滞らせる。けれどそのどこか麻痺したような部分をもつことで人とは違う自分であるかのような錯覚を覚える。半分錯覚で、半分真面目。あえて不透明で歪んだモヤモヤをいつも抱えて捨てないこと。直視する能力を持ち合わせること。そうやって自分自身を形成させていくのだろう。目覚めるといつも現実というページの中に居る。































